アトミックサイト常設展示品紹介「祖父の形見 原爆茶碗/原爆壷」


▼山川冬樹「祖父の形見 原爆茶碗/原爆壷」(2011年)
 「東大薬学部で薬学を学んだ私の祖父には、医学部の親友がいました。1945年、原子爆弾が広島に投下された直後、その親友は現地に医師として派遣され、救援 医療活動にあたったそうです。この茶碗と壷は、その時に祖父の親友によって爆心地にほど近い民家の瓦礫から拾われたものです。祖父は親友から譲り受けた、この誰の物かも分からない茶碗と壷を生涯とても大切にしていました。そして元の持ち主も、拾い主も、その後の持ち主も世を去り、原爆が投下されてから66年経った今も、この茶碗と壷は微量の放射線を発し続けています。」


【2011年8月18日のツイート】
■yamakawafuyuki 山川冬樹
1)母がアトミックサイト展に来たいというので案内を送った。返信のメールに出展している『祖父の形見 原爆茶碗/原爆壷』のことが書かれていた→「展覧会の地図有り難う。原爆茶碗と花瓶は 原爆と原発反対だった私の父親が想いを込めて保管していた貴重な物です。(続く)

■yamakawafuyuki 山川冬樹
2)滑らかな陶器の肌が一瞬の高熱で「沸騰」して泡だったと子供の時説明を受けていました。 それが人間にとってどれだけ残酷極まりない事か子供ながら深く胸に刻まれました。(続く)

■yamakawafuyuki 山川冬樹
3)孫の冬樹がその原爆茶碗と花瓶を展示し見る人に何をどのように訴えるのかとても意味が有り私には特別な展覧会です。おじいちゃまの想いを冬樹が訴える、きっとおじいちゃまは喜んでいるでしょう。」












左から血=遺伝子の受け継がれた順に:森島義一(作家の祖父)の形見→山川穆子(作家の母/脱原発派東電株主)と株主宛の郵便物→山川冬樹(アトミックサイト展出展作家)。※写真に写るの2人の「血」には福島原発由来の放射性物質が流れており、それは絶えず2人の「遺伝子」を損傷し続けています。

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