楠見清「アトミックサイト展に見るアノヨとコノヨ」

















▼楠見清「アトミックサイト展に見るアノヨとコノヨ」
 「イルコモンズ監修「アトミックサイト」展は混沌としている。だが、この混沌は私たちの生きるいま・ここを可視化したもの。私たちは今夏こんな日常世界を生き抜いているという見えなかった現実の体感装置。アトミックサイト展によって2011年の現代美術製作所はまるで1980年代末に大森にあったレントゲン藝術研究所を思わせる光景になった。これはかつてを知る多くの人に共通する感想でもあったが、この展覧会はそのほかにも、博物館、資料館、秘宝館、ゲーム・アーケード、夏祭りの縁日屋台、お化け屋敷などさまざまな“見せ物”を思わせてくれる。あるいは何か大惨事に対する追悼祈念施設に見られる再現ジオラマのように。それはこの世とあの世、現世と来世、見える世界とまだ見えない一瞬先の未来をつなぐ魂の体感装置なのではないか。古代芸術や宗教美術が司ってきたその役割は近代美術のなかにも抽象的で純粋な機能としてインストールされてきたが、ここにきてその機能は再び具体的で純粋でない様相を帯びてくる。「純粋でない」ということはネガティヴな意味ではない。ここでの「純粋」の反対語は「応用」であると同時に「混沌」であり、現実的(リアル)ということである。会期が延長された。20日まで公開中。現代美術製作所」(「I Get Around The Media 楠見清のメディア回游」2011年8月17日より転載)

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